相見積もりでは、営業に会う前から、買い手の社内で比較が始まることがあります。そのとき手元にある一覧が価格と機能の数だけだったら、自社を選ぶ理由は載っているでしょうか。

営業から「機能も価格も説明したのに、今回は〇〇さんのサービスに決めました、と言われた」と聞くことがあるかもしれません。理由を聞くと、価格が合わなかった、機能が足りなかった、と返ってくる。売り手が何かを間違えたとは限りません。買い手の手元に、自社に合うかを判断する材料がなかった可能性があります。営業の失注は、そのことに気づくきっかけの一つです。

買い手が社内で比べる段階で手元に置かれる材料は、マーケティングが用意できます。この記事は、相見積もりで他社と比べられる商材を扱うBtoBのマーケティング担当の方、なかでも比較資料がない方や、作ったけれど使われていない方に向けて書いています。比較資料の範囲や公開の仕方を決める事業責任者の方にも使えるように、決めることを途中にまとめました。

読み終えたら、自社の直近の受注・失注を並べて、次に比較資料のどこを作るか、どこを直すかを一つ決められる状態を目指します。

比較検討コンテンツとは

言葉を一つ決めておきます。比較検討コンテンツとは、買い手が、自社に合うかどうかを判断するために使う材料のことです。この記事では、形を5つに整理します。

  1. 比較表:候補を並べて、項目ごとに比べる
  2. 選び方ガイド:条件ごとに、合う候補と理由を示す
  3. 導入条件のチェックリスト:導入に必要な体制・前提を確かめる
  4. 費用対効果の試算:自社の数字で効果を見積もる
  5. 条件が近い会社の事例:似た条件の会社がどう判断したか

ここでは、このうち比較表と選び方ガイドを作ります。

機能の一覧だけでは、判断に届きにくい

株式会社IDEATECHが北川裕康氏(デマジェン総研)と行ったインターネット調査(2026年5月)は、直近12か月以内に、年間契約金額500万円以上のBtoB業務ソフトウェア・SaaS、もしくはITインフラ・セキュリティ商材の導入・見直し・乗り換え・大型契約更新に、2名以上で関与した330名が対象です。以下の2問は、直近で関与した最大金額の案件について聞いたもので、回答は各325名・複数回答です。

ベンダーと接触したとき以降に「購買判断にほとんど影響しなかったもの」を聞いた設問では、「機能比較表(自社製品 vs 競合)」を挙げた人が46.2%でした。別の設問で、「営業担当者と接触する前の自社内検討では判断・決定が難しかった項目」を聞くと、最も多かったのは「導入後の運用負荷の見積もり」で、56.3%です。

どちらも買い手の自己申告で、比較資料が受注率に効くことを示すものではありません。また、上の条件の購買についての調査です。それでも、機能の一覧だけでは判断に届きにくいこと、そして買い手が迷うのは機能だけでなく、運用の負荷のように一覧に載りにくい項目でもあること、の手がかりにはなります。

出典:株式会社IDEATECH「【第2弾】日本のBtoB大型購買プロセス調査」(調査期間 2026年5月25日〜26日・IDEATECH)

選ばれなかった理由に、3つの仮説を立てる

比較資料を作る・直す前に、なぜ選ばれなかったのかを考えます。この記事では、最初に3つの仮説を立てます。

  1. 製品の必須要件が合わない:買い手が必須とする要件に製品が届いていない。資料では変えられません
  2. 価格や条件が合わない:価格そのものは資料では変えられませんが、導入の条件や運用の負荷が伝わると、同じ価格でも受け止め方が変わることがあります
  3. 判断材料が届いていない:自社に合うかを決める材料が、買い手の手元にない

資料で直接補えるのは3つ目で、2つ目にも関わります。この記事は、ここを中心に扱います。

これは理由を決めつける分類ではなく、最初に立てる仮説です。一つの案件で2つにまたがることもあります。先に相手が言った言葉をそのまま残し、そのあとで仮説を付けると、自分の解釈と相手の言葉が混ざりません。

価格と機能のほかに、買い手が確かめたいこと

比較表が、価格と機能の2つで止まっていないでしょうか。買い手が判断に使う材料は、もっと広くあります。ここでは7つに整理します。

材料見ること
価格月額・課金単位・初期費用
機能必須の機能/拡張機能
導入の条件誰が初期設定をするか
運用の負荷社内にどんな体制が要るか
サポート困ったときの問い合わせ先
リスク合わなかったときに何が起きるか
自社との適合どんな会社に向くか

これは調査の結果ではなく、見方の整理です。7つは候補で、比較表にどれを入れるかは、自社の受注・失注の中で買い手が迷った項目から選びます。

実演:判断軸を足すと、合う候補が買い手ごとに変わる

ここからは架空の例で考えます。経費精算のクラウドサービスを売る2社です。

  • X社:Y社より月額が安く、機能が豊富。初期設定は買い手が自社で行う
  • Y社:機能を経費精算と承認に必要な分にとどめ、承認フローや会計ソフト連携の設定を導入時に一緒に進める。専任の担当者が付く

読者のみなさんは、Y社のマーケティング担当の立場で見てください。Y社に比較資料は、まだありません。

買い手が相見積もりで社内に作る一覧に、価格と機能の数だけが並ぶとします。この一覧では、Y社を選ぶ理由が見えません。そこで、7つの材料のうち導入の条件、サポート、自社との適合から、判断軸を3行足します。

比べる項目X社Y社
月額5万円7万円
経費精算・承認できるできる
拡張機能(拠点別・プロジェクト別の集計など)ありなし
+初期設定を誰がやるか買い手が自社で設定導入時に一緒に設定
+サポート体制(問い合わせ窓口)メール・チャット専任の担当者
+向いていない会社(当社の整理)設定を担う人が社内にいない会社拡張機能が必要な会社

足した3行には、丸もバツも付けていません。どちらが合うかは、買い手の条件で変わるからです。最後の「向いていない会社」は、公開情報ではなく、公開されている事実と自社の受注・失注の記録から導いたY社の整理です。

この表を、条件の違う3社の買い手に当てはめます。

買い手条件合う候補理由
P社(従業員300名・情報システム担当2名)拠点別・プロジェクト別に集計したい。月額は抑えたい。初期設定は社内で進められるX社自社で設定と運用ができ、Y社にない拡張機能を使える。月額も抑えられる
Q社(従業員50名・管理部門3名が兼務・IT専任なし)経費精算と承認ができれば十分。初期設定は社内では難しい。問い合わせ先を決めておきたいY社承認フローと会計ソフト連携の設定を導入時に一緒に進められ、専任の担当者に聞ける
R社(海外に子会社あり)複数の通貨や海外の経費規程への対応が必須どちらも合わないどちらにも、この要件に応える標準の機能がない

P社にはX社が合います。Y社のマーケティング担当としては、この結論をそのまま認めます。X社は、P社のような会社にとって良い選択肢です。

R社の必須要件は、上の比較表にはまだ行がありません。R社のような買い手が分かったら、「多通貨・海外の経費規程への対応」の行を足すと、どちらも標準では対応していないことが表から読めるようになります。これは最初の仮説の1つ目、製品の必須要件が合わない場合です。資料を工夫しても補えないので、早めに正直に伝えることが、買い手のためになると考えます。

売り手の2社は同じです。合う候補を分けたのは、買い手の条件でした。

「どちらが優れているか」から「誰に合うか」へ

実演のまとめ。「どちらが優れているか」(項目ごとに○×を数える、○が多いほうを勧める、どの買い手にも同じ結論)から「誰に合うか」(条件ごとに合う候補を示す、判断の根拠を添える、合わない条件も書く)へ

最初の一覧は、どちらが優れているかを比べていました。項目ごとに丸とバツを数え、丸の多いほうが選ばれる作りです。丸の数だけで見ると、買い手ごとの条件が反映されにくく、同じ結論に寄りやすくなります。

判断軸を足したあとの一覧は、誰に合うかを比べています。条件ごとに合う候補を示し、その根拠を添えて、合わない条件も書きます。買い手が自分で判断できる状態を作ることが、比較検討コンテンツの役割だと考えます。

作るものは、2点セット

作るものは2点セット。①全体の比較資料の見本(X社・Y社を、月額・初期設定・問い合わせ窓口・向く会社で並べる。社名・金額・仕様はすべて架空の例)と、②選び方ガイドの見本(こんな会社には・候補・理由)

Y社が最終的に作るものは、2つです。

  1. 全体の比較資料:X社、Y社と、社名を出して並べます。項目は7つの材料から選び、競合の価格や仕様は各社の公開情報だけで書きます。行ごとに出典と確認日を添え、定期的に見直します
  2. 選び方ガイド:「こんな会社にはY社」「こんな会社にはX社など別の選択肢」と、条件ごとに理由を1行書きます。合わない条件も書きます

ここで分けておきたいのが、事実と解釈です。競合の価格や仕様は、公開情報から書ける事実です。一方、「どんな会社に向くか」「向いていないか」は、公開されている事実と、自社の受注・失注の記録から導いた解釈です。解釈の行には「当社の整理」と書き添え、競合の事実と混ざらないようにします。見本の「向く会社」の行と、選び方ガイドの理由の一部は、この「当社の整理」にあたります。

選び方ガイドを本文の表にすると、こうなります。根拠の列で、事実と当社の整理を分けています。

こんな会社には候補理由根拠
社内に初期設定を進める人がいないY社承認フローと会計ソフト連携の設定を、導入時に一緒に進めるY社サイト(確認日を書く)
問い合わせ先を決めておきたいY社専任の担当者が付くY社サイト(確認日を書く)
経費精算と承認ができれば十分Y社機能は必要な分だけなので、使わない機能の設定がいらない当社の整理
拠点別の集計など、機能の幅を重視X社などY社は経費精算と承認に必要な機能に限っているY社サイト(確認日を書く)
自社で設定でき、月額を抑えたいX社など導入支援や専任の担当者を使わないなら、その分の価値は小さい当社の整理
多通貨・海外の経費規程が必須どちらも標準外現在は標準機能で対応していない(早めに伝える)各社ヘルプ(確認日を書く)

なぜ、競合の社名を出すのか。買い手は相見積もりで、社名を並べて比べているからです。自社が出さなければ、買い手が作った価格と機能の数だけの一覧で比べられることになりかねません。

2点セットは完成形です。着手は、足りない判断軸1つからで構いません。

この2点セットのひな形(Y社の記入例つき)と、受注・失注の理由に仮説を立てる表は、ウェビナーの特典シートに入っています(ウェビナーの申込後、メールでお届けします)。

作り方の5手順

  1. 集める:受注・失注の理由を集めます。まず、マーケティングで見られる記録(問い合わせの内容、フォームの回答、商談メモ、失注理由の記録)を並べます。分からないところだけ、営業やカスタマーサクセスに具体的に聞き、可能なら失注先にも確かめます
  2. 決める:判断軸を決めます。7つの材料から、買い手が迷った項目を選びます
  3. 比べる:公開情報で比べます。各社のサイト、料金表、ヘルプを見て、確認した日を書きます
  4. 書く:合う条件と合わない条件を、理由を1行添えて書きます。これが2点セットになります
  5. 使う:サイト、ナーチャリング、商談前、稟議で使い、各社の変更に合わせて見直します

手順1と2の間で、相手の言葉に仮説を付け、判断軸の候補に置き換えます。Y社の記入例です。

案件結果相手が言ったこと仮説足す判断軸の候補
P社失注拠点別の集計が要る。月額も抑えたい①必須要件(拡張機能)向かない会社を正直に書く(拡張機能が必要な会社)
Q社受注初期設定を自社でできる人がいない。困ったときに聞ける人が欲しい③判断材料初期設定を誰がやるか/問い合わせ窓口
R社失注海外子会社の多通貨・海外の経費規程に対応が必須①必須要件(標準外)標準外を早めに伝える(選び方ガイドの最終行)
S社失注価格が高い(X社の月額と比べて)②価格・条件(価格差をどう判断したかは未確認)確かめてから:導入条件・運用の負荷(同じ価格でも受け止め方が変わることがある)

S社は、価格が高いという言葉だけでは、導入支援の価値が伝わっていなかったのか、単に予算に合わなかったのかが分かりません。判断軸を足す前に、どう比べたかを確かめます。

事業責任者の方に決めておいてほしいのは、優先する判断軸、社名を出す競合の範囲、向いていない条件をどこまで書くか、そして更新の担当と時期です。

自社に都合のいい書き方にしない

気をつけることは3つです。

  • 事実と解釈を分ける:競合の価格や仕様は公開情報をもとに、数値は原典どおり、いつ時点かを添えます。向き・不向きは「当社の整理」と明記します
  • 公正に比べる:比べる項目・相手・条件を明示し、全体について誤解を招く見せ方をしません。この記事では、自社に有利な項目だけを選ばないことも勧めます
  • 悪く言わない:競合を中傷しません。事実でないことは書きません

参考になるものが2つあります。

消費者庁の「比較広告に関する景品表示法上の考え方」は、一般消費者向けの表示についての考え方です。競争事業者の商品との比較そのものは禁止しておらず、不当表示にならないために、主張する内容が客観的に実証されていること、実証されている数値や事実を正確かつ適正に引用すること、比較の方法が公正であることの3つを、すべて満たす必要がある要件として挙げています。BtoBの比較資料でも、公正な比較の作法として参考になります。

もう一つ、不正競争防止法の第2条第1項第21号は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、または流布する行為を、不正競争としています。競合について、営業上の信用を害する虚偽の事実を告知・流布したと評価される場合には、この規定の対象になりえます。

いずれも、この記事は法的な判断を示すものではありません。表現に迷う場合は、専門家に確認してください。

作ったら、使う場所を4つ決める

比較検討コンテンツは、商談のためだけのものではありません。

  1. 合う見込み客の絞り込み:選び方ガイドをサイトに置きます。合わない条件の人は、早めにほかを比べられます
  2. ナーチャリングの出し分け:合う条件に当てはまる人に、その条件の比較資料を送ります
  3. 商談前の送付:営業が全体の比較資料を先に渡します。買い手が自分の一覧に判断軸を足すための材料になります
  4. 稟議の材料:買い手が社内で説明するときに、そのまま使える形にしておきます

最後に、一つだけ決める

自社の直近の受注・失注を数件並べ、相手が言った言葉をそのまま書いてから、3つの仮説を付けてみてください。付けた仮説で、次にやることが変わります。

  • 判断材料が届いていないが多いなら:比較表に足す判断軸を1行決める
  • 製品の必須要件が合わないが多いなら:選び方ガイドに、標準外の条件と向いていない会社を書く
  • 価格や条件が合わないが多いなら:導入の条件や運用の負荷が、価格と一緒に伝わっているかを確かめる

比較資料がまだない場合も、同じ順番で始められます。まず、この一文を埋めてください。

次に比較資料で作る(直す)のは、______。

設計シートで、自社の分を埋める

特典の「比較検討コンテンツ 設計シート」(Excel)は、使い方、全体の比較資料のひな形、選び方ガイドのひな形、受注・失注の理由の整理、使い道と更新の5シートです。Y社の記入例と、自社用の記入欄があり、この記事の手順を自社の分でそのまま進められます。

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